取手に暮らすアーティスト 003
取手にはたくさんのアーティストが暮らしていることをご存知でしょうか。
東京芸術大学がキャンパスを構えることもあり、多くのアーティストが取手に暮らし、
制作の拠点にしています。
なぜこの街で暮らし、制作を続けているのか。
彼らを訪ねて、話を聞いてみることにしました。
第3回目は取手に拠点をかまえて1年が経ったというお2人。住んでいるのは、
取手アート不動産で紹介してきた「減量住宅」というプロジェクトの舞台となった物件です。
<話し手>
三好風太(みよし・ふうた)
1990年 東京都生まれ
2014年 東京藝術大学美術学部 絵画科日本画専攻卒業
2016年 東京藝術大学美術研究科 芸術学専攻美術教育研究室 修士課程修了
受賞・展示歴
2015年 東京藝術大学安宅賞奨学金基金受賞
2016年 「DEAD OR ALIVE 三好風太個展」(KEY gallery&青樺画廊)
「出逢い、そして別れ 三好風太個展」(銀座かわうそ画廊)
2018年 「日本の原風景 三好風太個展」(東京九段耀画廊)
「未来の兵士を追悼する ミヨシフウタ個展」
(KEY gallery&青樺画廊) 他
櫻井あすみ(さくらい・あすみ)
1983年 東京都生まれ
2006年 早稲田大学第一文学部人文専修卒業
2015年 広島市立大学芸術学部美術学科 日本画専攻卒業
2017年 東京藝術大学美術研究科 芸術学専攻美術教育研究室 修士課程修了
受賞・展示歴
2016年 第34回上野の森美術館大賞展
優秀賞(産経新聞社賞)受賞
2017年 「第34回上野の森美術館大賞展 入賞者展」
(上野の森美術館ギャラリー)
個展「通り過ぎた記憶、生成する景色」
(The Artcomplex Center of Tokyo)
2018年 個展「虚像とアクチュアリティ」(TS4312) 他
http://asumisakurai.tumblr.com/
<聞き手>
取手アート不動産 スタッフ
取手市を東西に走る関東鉄道常総線。稲戸井駅から10分ほど歩いた住宅街のある物件で、
2015年から2017年にかけて「減量住宅」というプロジェクトが行われていました。
築40年の空き家に家賃ゼロ円で住みながら、現代の暮らしに合った適切な大きさまで減らしていく。リビングの床を剥がして土が見え、2階の壁は壊され猫の遊び場になるなど、プロジェクトを経て、
家の様子はすっかり変わっていました。
減量住宅についてのコラムはこちらから:減量住宅という価値の提案
プロジェクトが終了した後、賃貸物件として借り手を探していたところ問い合わせをくれたのが
櫻井あすみさん。入居から1年。どんなふうに暮らしているのか聞かせてもらうことに
なりました。
今は3人でシェアアトリエ兼住居として利用しているそうで、室内にはところせましと画材や
作品が置かれています。
この日話を聞かせてくれたのは、櫻井あすみさん、そして三好風太さんのお2人です。
嫌いだった取手
櫻井さん:子どもの頃は絵を描くのが好きでした。ほかにも音楽や勉強とか、興味が分散していて。
会社に入って働いた時期もあります。それでもずっと引っかかっていたことをやりたいと思って、
広島の大学で日本画の勉強をすることにしました。
日本画って制作して公募展に出すとか、大学の助手するとか。日本画をやる人のルートみたい
なのがなんとなくあるんです。私はなんとなく、それが肌に合わないなと思っていて。
東京に戻ろうと考えていたときに、美術教育という分野があることを知りました。東京芸術大学の
大学院であれば、制作しながら研究もできる。入ってみると、同じアトリエのなかで油絵を
描いている人もいれば、立体をやっている人、現代美術的なことに取り組んでいる人がすぐ隣にいる。
さまざまな刺激がある環境のなかにいるのは、おもしろかったですね。
卒業後はそういう、いろいろな人が集まるたまり場というか、拠り所のような場所ができないか
と思って物件を探していたんです。そのときに声をかけた1人が三好さんです。
三好さん:僕は櫻井さんの1年前に卒業をしていて、浅草で小さい部屋を借りて1人で制作を
していました。個人で作家活動をしていたやつもけっこういたんですけど、
みんな割と何年かで辞めちゃうっていうか、筆を折っていく奴らをみていたんですよね。
みんな1人でやっていくことに限界を感じていた。
僕も孤独というか、心が折れそうになることもあったので、共同のスペースでやるのはいいなと思って。
学部1年生のとき、僕取手キャンパスだったんですよ。そのときは取手がすごく嫌で、
学校あんまり行ってなかったんです。実家の吉祥寺からは遠いし、来ても周りになにもないし。
大学院に進学して、取手の研究室になったときは「またか」って思いましたね。
でもやらざるを得ない環境だから、逆に集中できると思うようにもなって。
取手って時間の流れがゆっくりっていうか。それはそれで悪くないかなって言う気もしていました。
櫻井さん:物件を見に来て、最初三好さんは、ここじゃない場所がいいって言ってたんです。
当時は物置みたいに荷物がたくさん置きっぱなしで。
片付けするだけでも時間がかかりそうだから、きれいな物件にしようかって。
三好さん:気が進まないまま2回目に見に来たら、部屋が片付いていて。まだ入居を決める前
にもかかわらず、大家さんが楽しみにしてくれていたんですよね。
そこまでしてもらって入居しないのも、なんだか忍びないなって。まあ今になって考えると、
僕ら汚したり壁に穴を空けたりするので、自由度の高い家はよかったなって思います。
大家さんは隣に住んでいて、よく声をかけてくれるんです。食事付き物件と言ってもいいくらい、
「飯食ってるか?」って。赤飯とか漬物とか持ってきてくれたりして。
徹夜で制作をしていた明け方に、窓をドンドン!と叩かれたときはちょっとびっくりしましたけどね。
櫻井さん:ここにいることを喜んでくださっているのはヒシヒシと感じます。
気がついたら草刈りをしてくれていたり。
三好さんが東京で開催した個展にもご夫婦で来てくださって。東京にいたらそんなことないよな、って。
よくわからないことをしている人がいる
櫻井さん:単純に描くこと、つくることが好きな人もいると思うんですけど。私は好きというより、
よくわからない使命感みたいなものがあって。自分のつくる作品って、自分が動かないと
世に誕生しないじゃないですか。辞めちゃうのは簡単なんですけど、
自分でつくるものを自分でも見てみたいというか。がんばっているというよりも、
ただ単に自分はそうするんだなっていう感覚があります。
三好さん:僕も櫻井さんに近いところがあって。こういうことを言うと、バカみたいに思われる
かもしれないんですけど。世の中のためになることがしたいって思っていて。
それはすぐ人の役に立つとか、商業的なことに結びつくとかじゃなくて。少し遠回りで、
世の中のためになることをしなきゃならないっていう使命感があります。
東京芸大って国公立じゃないですか。そこで勉強させてもらったんだから、最低でも10年くらいは
世の中に還元できることをやっていこうって思っていて。個人の幸せだけを考えたら、
普通に働いて休日にちょっと制作をするっていうこともあると思うんです。
でもそれは僕にとって筋が通らないというか。
僕みたいな人間がどうやって社会にいいことができるかって考えたら、経済に貢献する効率性よりは、そういうものとは切れたことを。なんだかよくわからないけど、よくわからないことをやってる人がいるっていうことも世の中には大事だと思っていて。芸大みたいなところを出て、アーティストとしてやっていくことの意味って、そういうことなのかもしれないって思うんです。
今の社会では役に立たないものは切り捨てようとか、効率が優先されることが多いように感じていて。役に立たない人は排除しようとする風潮というか。無意識のうちに、そういう世の中になっているんじゃないかと思うんです。
僕には大したことはできないんですけど、やっぱり率先して無駄なことをやるっていうか。お金にもならないのに、でも世の中にはそういう人がたしかにいるんだっていうことを実践して見せていくというか。そういう意味で、取手みたいな場所は居心地がいい場所なのかもしれません。
櫻井さん:役に立たないことを全力で追求してもいい。それって美術教育が担う部分なのかなって思っているんです。役に立つ技術を養うための教育ではなくて。ほかの人にとってはそうでもないけれど、私にとっては重要であることを追求できる。そういうものとして美術が認識されるといいなっていうのはありますね。
三好さん:この国って村社会みたいな、空気を読み合って、1つの価値観に染まりやすいところがあると思うんです。だから意識的に変なことをやってる人が出てこないと、って。どんなに細々とでも、こうして集まって、自分たちで自立しながら続けていくことが大事かなって。
櫻井さん:大学を出てから自立するまでの間には、やっぱりどうしても時間が必要で。そこで彷徨って筆を折ってしまう人が多いんです。そんな人が必要としてくれる拠り所のような場所になればいいなって思っているんです。もっとこの場所に人の出入りが生まれてもいいかなって。
あとは中学校も近くにあるので、連携して、こういう人がいるんだっていうことを知ってもらう機会もつくりたいなと思っていて。個人的には、ここで展覧会もやっていきたいです。
三好さん:そんなこと考えていたんですか。僕は今後って言われたら、真っ先に耐震補強とかが必要だと思ってました。この間天井をとったら気持ちよくはなったけど、やっぱりこの家歪んでるかもなって(笑)
2人、そしてここに出入りする人たちが育てる拠点の名前は、「アトリエA/R/T」。芸術(art)と研究(research)、そして教育(teach)に関わる人が集う場所にしていきたいと最後に話してくれました。
「減量住宅」というプロジェクトで生まれ変わったこの家は、これからアーティストが集う拠点へ。どんな場所になっていくのか、これからが楽しみです。
小松佳代子編著『美術教育の可能性―作品制作と芸術的省察―』勁草書房 http://amzn.asia/d/29yUJ9i
2018年10月19日(金)-10月21日(日) 12:00-19:00
10月20日13:00ギャラリートーク 17:00レセプション
会場:アトリエA/R/T(関東鉄道常総線 稲戸井駅徒歩7分)
〈同時開催〉A/R/T研究会「芸術的な探究とは何か」
10月20日(土)10:00-17:00 (予約制 参加費500円)
アトリエを運営する三名による、初めてのグループ展です。
それぞれ主に絵画を中心に制作活動をしている三人が、日頃使用しているメディアや形式にとらわれず、制作の中の探究的な側面(ABR:Art-Based Research)をあえて見せることを試みます。
同時開催のA/R/T研究会は、東京芸術大学の修了生を中心とした有志が集まって開催している勉強会です。普段は都内で貸会議室を利用して行っています。毎回テーマにそって、参加者が自由な発表を持ちより、ディスカッションしています。
詳しい場所、内容等については、お問い合わせください。
問合せ先 a.r.t.society.office@gmail.com
(2018/10/4 編集:中嶋希実)