減量住宅という価値の提案

2015年の春から「減量住宅」というプロジェクトがはじまりました。

プロジェクトが行われたのは常総線の稲戸井駅から歩いて10分ほど、築40年にある空き家です。この家に家賃なしで住むあいだ、家を適正規模まで解体していくというこのプロジェクト。

実際になにが起きていたのか。約2年という時間をかけたプロジェクトが終わった今、実際に住み手として“減量”を進めてきた飯名さんに、経過を見守っていた取手アート不動産のスタッフであり建築家の青木と大我が話を聞きました。

02減量住宅


飯名 悠生(いいな ゆうき)
1991年千葉県生まれ。2014年日本大学理工学部建築学科卒業。大学在籍中は古澤大輔研究室にてまちづくりやリノベーション等の調査をし、卒業設計を兼ねて実際にマンションの一室をDIYにてリノベーションした。卒業後、117DESIGNとして独立、家具什器をはじめ内装の設計デザインを行う。2015年~2017年減量住宅プロジェクトを行った。

青木 公隆(あおき きみたか)
1982年テキサス生まれの守谷育ち。2006年東京理科大学卒業。2008年東京大学大学院修了。日本設計を経て2012年ARCOarchitectsを設立。現在、北千住の古民家を事務所として建築の設計・都市の研究・地域の活動に奮闘中。2014年~取手アート不動産に参画。新築の設計は住宅から病院まで幅広く手掛け、住宅や店舗のリノベーションも行う。

大我 さやか(おおが さやか)
1986年長野県生まれ。2010年〜Open A。「観月橋団地再生計画」を契機に、2011年「団地R不動産」を立ち上げ。全国の団地の魅力を発掘し、団地再生に携わる。近年は地方都市・郊外での空き家・空き店舗再生を軸としたまちの再生に関わる。2014年〜あしたの郊外/取手アート不動産プロジェクトに参画。Open Aでは事業企画、設計、プロモーション企画などを担当。全国の現場を飛び回るノマドワーカー。



  
  
壊すしかないだろう

大我
減量住宅がはじまったのが最近のような気もしますよね。2年間、本当にあっという間でした。

飯名
本当に。最初に「あしたの郊外」の公募にアイディアを出したときは、正直、実現するなんて思ってなかったんです。

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青木
あの公募に出そうと思った動機はなんだったんだろう。

飯名
地元が取手の隣の我孫子市なんです。「あしたの郊外」で提示された言葉は、僕にとっても身近な問題でした。大学のころにも、郊外の空き家問題をどうするかということを研究していたんです。正直なところ卒業設計では消化しきれていなくて、どこかで1度考えをまとめてみたいと思っていたところでした。

青木
大学のころはどんなことを考えていたの。

飯名
空いてしまった家をどうすればいいのか、手法を探っていました。空き家が問題視されて、リノベーションとか、さまざまなやり方が提案されはじめた頃だったんです。それでも増えていく空き家に対して、リカバーがぜんぜん間に合っていない。

もう、あるものをどう活かすかではなくて、潔く捨てたほうがいいんじゃないかって思ったんです。壊すしかないだろうと考えたところから、減量住宅につながっていきました。

大我
空き家があると近所の人が不安になったり、朽ちてきて危険な状態になったりする。大家としてどうにかしたいと思っても、解体するのにも100万円単位でお金がかかるから、ほっておく人が圧倒的に多いのが現状です。

飯名
郊外で空き家になっているのって、ほとんどがファミリー層向けの一軒家じゃないですか。空き家が増えている一方で、単身者や2人向けのアパートがあたらしく建てられるんですよね。一軒家だと大きすぎるし家賃も合わない。だったら、郊外で求められている適正規模にしてあげるのがいいと思ったんです。

大我
単純に消すという作業ではなくて、体重を減らしていくかのように家の規模を縮小していくということですよね。

今回の物件はずっと空いたままだから人に貸したいと相談をもらったけど、よく話を聞いていくと、ゆくゆくは解体することを考えていることがわかったんです。でも解体にもお金もがかかるから、まず人に貸して、解体費をつくりたいって。これは減量住宅に最適な物件なんじゃないかと考えたものの、大家さんにこのプランを話すときは、正直緊張しましたよね。

青木
あなたの持ち物を減らしていきますっていう提案ですもんね。

飯名
その心配をよそに、大家さんはすんなり「いいよ」って言ってくれて。最初は自分1人と猫が暮らすのに必要最低限な、リビングと寝室の床や壁をきれいにするところからはじめました。できるだけニュートラルに変えていきました。

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飯名
あとは住みながら、自分がいらないと思うところを減らす作業です。入居してから1年経ったくらいで、玄関を入ってすぐの部屋をなくすことにしました。通過するだけで何も使っていなかったので、床を剥いで土間に変えました。結果として自転車が置けるようになって、よかったですよ。

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大我
これを見て「自分でも減量住宅やりたいです」って問い合わせがあったりしたのにはびっくりしましたね。結果的に飯名さんが退居したあと募集をしたら、すぐに問い合わせがあって。今は若手アーティストがシェアアトリエとして使っています。

飯名
それを聞いてほんとうに安心しました。どうなるだろうって、正直心配だったので。あの土間は、作業をするのには使いやすいと思います。余白をたくさん残したことが入居につながってよかったです。

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大家と住み手

青木
減量していた家の隣に大家のおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいたんだよね。

飯名
最初は「どうせ解体する家だから好きにしていいよ」って感じだったんです。実際倉庫になっていたし、決してきれいといえる状況ではなかったから。

でも実際に僕が住んで、時間が経つにつれてきれいになっていくわけですよ。正直、減量住宅のコンセプトを全部理解してもらっていたとは思っていません。単純に若者が住んで、リフォーム費がかからないのに勝手に家がきれいになっていく。途中からそのことに対して、申し訳なさみたいなのは生まれていたと思います。おばあちゃんに「もうやらなくていい」って言われるようになりましたから。

青木
お金あげてないのにって、すり替わってきちゃったのかもね。

飯名
僕的には家賃がない分減らしている感覚だったんだけど、実態のない相殺がそうさせたのかもしれませんね。毎日のように様子を見に来てくれていたし、ご飯をおすそ分けしてもらうこともけっこうありました。

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青木
若い子が隣に住んでくれてるっていう喜びもあったと思うよ。

大我
そこには経済的な価値はついてこられないですからね。家賃がなくても、人が住んでもらえるだけでも嬉しいんですよね。

青木
これは郊外というか、地方特有の価値基準かもしれませんね。住み手である飯名くんにとってはどうだったの。

飯名
まず家賃なしっていうのは圧倒的なメリットになりました。

青木
仕事なのか、生活の延長線上でやっていたのか。どういう感覚だったんだろう。

飯名
そこは曖昧ですね。工事の本質は自分が住みやすくすることだから、住んでる人が勝手にDIYしているようなものかもしれません。ただ家賃分は仕事しなきゃっていうのもある。建築の仕事をしている職業柄、2日働くと1ヶ月分の人工は使ってるな、とか感覚があるので。

青木
本職で建築をやっているから、そこは難しいよね。

飯名
これを建築家としてやるとすると、外壁をぐんぐん減らすとか、大胆ななこともやりたくなるじゃないですか。でもそこまでやると家賃に対してオーバーワークだし、次の借り手を探すことを考えると派手にしすぎるのも難しい。不動産市場に戻すこと、大家さんの合意、そして僕の持ち分を考えた結果としてできたのが今回の減量住宅です。

  
  
減築との違いは「情」

青木
結果だけみると減築となにが違うんだっていう意見もあるかもしれないよね。

飯名
広く言えば一緒かもしれないですが、率直な差と言えば、情があるかどうかですね。

青木
住みながらっていうのは大事な気がしていて。減量って言った瞬間に時間軸が与えられるような。

飯名
簡単に判断して家を壊すというよりは、死を看取る感じがするというか。時間軸に対して、やっぱり自分の生活が色濃く反映される。だから普通のDIYと比べると、より生活が出るというか。捨てる部分が明確になっていきました。

大我
屋根を外して吹き抜けをつくって、みたいな話もありましたけど、結果的にやらなかった。それはいろいろなバランスを見た結果だと思うんですけど、あそこに広い空間が残ったことでまた別の価値みたいなのが見えてきたように思います。

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飯名
減築はゴールを決めてからはじめるけれど、減量はゴールがないんです。リノベーションも最終型を決めてからはじめますよね。最後の形を決めているかどうかも、ほかの手法とは違うところです。

大我
リノベーションって詰まるところ、価値のない空き家にいかに人を住まわせるか、なんです。でも減量住宅の仕組みは減らすことに目的があるわけなので、リノベーションの目的とは違う。減量した結果、人が住み続けることもあれば、
住まない未来、消滅する未来もある。その選択は減量中に、徐々に見えてくる。

郊外や地方の空き家をどうにかして欲しいって相談を度々もらうのですが、正直ここは借り手がつかないだろうな、と思うこともあるんです。ロケーションやお金の掛け方でも変わってくるけれど、そこまで本当にやる必要があるのかなって。減量住宅はこの仕組みで住みたいと思う人が出てくれば、どんな空き家でもいいわけですよ。そこに可能性を感じます。

飯名
もちろん誰でも解体ができるわけではないから、減量住宅ができる人は限られます。でもリノベーションもお金がかかるから、誰でもできるわけではないんですよね。

減量住宅では念頭に、解体にはいくらかかるか、そこまでの差し引きをするんです。減量することで面積も減っていって、最後にはきれいに葬式を迎えるような。今後の事業収支というよりは、死ぬまで看取る方法を提案しているような感覚なんですよね。

  
  
減量住宅は新しい空き家対策

大我
今は危険空き家には国がお金を出す制度もできているけれど、自分のものは自分で処分するのが大前提だと思うんですよね。減量住宅というあり方は、その1つの手法を提示している気がするんです。

青木
減量住宅がほかの物件にも広がっていってほしいと思うことはある?

飯名
もちろん理解できる大家さんと、解体ができる住み手がいるっていうことが前提になりますけど。たとえば限界集落と呼ばれる地域で何組か減量住宅を行うことで、地域を看取っていくみたいなことをすると、何が起こるだろうっていうことには興味があります。

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大我
これって、価値の提案だと思うんです。これまでは付加をすることに価値を求め続けてきたけれど、付加しない、減らすことに対しての価値をどう理解するかっていうことですよね。

青木
今でもやっぱり不動産の価値は面積だったり、何DKあるかっていうところで計られていると思う。減らしていく減量が理解される社会になるには、もうちょっと時間がかかるかもしれませんね。

大我
これだけ物件が余っている状況で、部屋数とか規模はもはや不動産の価値基準ではなくなってきているんですけどね。空き家の問題がどんどん世の中に出てきているなかで、空き家は使わないといけない、なんとかしないといけないっていう社会的な強迫観念みたいあのがあると思うんです。でもここまでくると空き家が増え続けるのはどうしようもないし、人口が増えるわけでもない。それは避けられない事実だから。

それをどう受け入れていくかっていう考え方の1つが減らしていくことで。空き家に対して、使うだけがベストな解答じゃないよっていうのを社会的に示していると思うんです。ハード的なものではなくて、提示している手法というか枠組みが、飯名さんの作品なんでしょうね。

飯名
今回は建築家でもなく、アーティストでもなく、住み手の欲求で動いてきました。もっとやりたいと思うところもあったけれど、結果としてよかったんだと思います。あたらしい使い手が決まったときいて、本当にほっとしました。2年間、ありがとうございました。


減量住宅の減量の過程は、取手アートプロジェクトの広報誌よりご覧いただけます。

会場:Un.C.
図面・物件写真提供:飯名悠生
テキスト・写真:中嶋希実